リビングのテーブルや棚が、配偶者の「謎の紙の山」に占領されてイライラしていないだろうか。
我が家も、すべての書類をデータ化したい俺と、「紙の束に囲まれていないと無理」な妻で長年対立してきた。
この記事では、ペーパーレスを親の仇のように嫌うパートナーに適応した私の話をしたいと思います。
衝撃の「ブラックホール理論」と極端すぎる二択
俺にとって、情報のペーパーレス化は息をするのと同じくらい当たり前のこと。
一方で妻は、常に大量の紙を抱え込み、空間的に情報を把握するスタイル。まあ、そういう人間がいること自体は理解できる。
だが、どうしても腑に落ちない出来事があった。
「たまにしか見ない書類なら、データ化しておけば? 毎月使うやつだけ紙で手元に残してさ。タブレットならいつでも見れるよ」
極めて論理的で優しい提案だったと思う。しかし、妻は真顔でこう言い放った。
「電子化したら、一生見なくなるから嫌だ」
検索すれば一発で出るのに、なぜ見なくなるのか。
どうやら妻の脳内では**「視界から物理的な紙が消える=この世から消滅する」**という数式が成り立っているらしい。
タブレットの中のフォルダは、彼女にとって二度と開かれることのないブラックホールなのだ。
さらに驚愕の事態は続く。
「じゃあ、しばらく見ない書類はどうするの?電子化しておけば保管場所は取らないけど、もし必要になったら見れるよ」と聞くと、妻はこう答えた。
「それ(電子化)だったら、もう捨てる」
あんなに「手にとって見たい」と大事そうに抱えていたのに、電子化されるくらいなら捨てるという極端な二択。
ゼロか百か。絶対にデジタル化だけはしたくないという、意地を感じる。
妻の「巨大なゴミ山」と俺の導き出した結論
すべての情報をクラウドに預けて検索インデックスを貼る俺と、机の上の「空間」で脳内にインデックスを貼る妻。
同じ人間でも、情報の管理の仕方が根本から違うのだ。
これはどっちが良い悪いではなく、こういう考え方も一つの考え方って話。
俺が正しいと俺は思っているけど、他人にとっては違うってことが分かってきた最近。
これに気づいてから、俺は妻をペーパレスに誘うのを完全に諦めた。
現在、我が家の一角には妻専用の「巨大なラック」が鎮座し、そこには見事なゴ…資料の山が形成されている。芸術作品としてはなかなかいいね。
俺については
俺は10年以上ScanSnapを使っている。
こいつの本当に良いところは、単に紙を画像にするだけじゃない点。
一度設定さえしておけば、**「スキャンする」→「文字を検索できるように自動処理(OCR)」→「Google Driveなど好きなクラウドへ自動アップロード」**という一連の作業を、ボタン一発で勝手にやってくれる。
- 郵便物や書類が届く
- ScanSnapに突っ込む
- スキャンが終わった瞬間に、原本の紙をゴミ箱へ捨てる
- 数分後には、iPadやスマホからキーワード検索でいつでも閲覧可能になる
この「スキャンして即捨てる」という流れにすると、紙の呪縛から解放されて爽快だし、後から書類を探す手間も完全にゼロになる。
だから紙がなくならないのか
俺はずっとScanSnap登場から、ずっとペーパレスで生きてきた。
これからの時代はペーパレスだと信じてきた。
きっと10年後には郵便物は消滅して、直接PDFで送られてくる。紙は高級品になっていくのだと。
でも毎日のようにポストにはゴミが投函され続け、全てが紙で回っている。
実は俺の方がマイノリティだったのかもしれない。
キチガイは俺だった?
なんかの映画みたいな終わりかた。